メモを取るということ

 

こんにちは。

この度は、「メル猫ノベル」をご覧くださり有難うございます。
私、メル猫と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。

では、早速ではございますが、小説を執筆いたしました。
今回のテーマは「メモを取ること」という内容になります。
“メモを取る”という行為は、日常的にあるある的内容かなと思い、執筆してみました。
※あくまでもこのお話は、フィクションとノンフィクションがハーフ&ハーフに記載されております。

気になる方は、ご覧くださいね。

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ーーー1日の終わりにメモを取る。そして調べ物をした際もメモを取る。

それが、あたしの日課だ。”メモを取る”という行為は、一見意味がないように思うのではないだろうか。だが、意味が無いと思っていることほど、大切なことが隠れているように思う。

あたしがそもそもメモを取り始めたきっかけは、暇つぶしに本屋にて立ち読みしていた際に偶然今話題になっているShow roomの前田氏が執筆した『メモの魔力』という本だ。出来すぎ…な話に思えるかもしれないが、実話である。話題になっている本は読みたがりなあたしなので読んでみたら、あたしはすっかりメモの魔力という見えない事柄に支配されてしまったようだ。
この小説を読んでくださっている方は、

「出たwwwwwΣ(・□・;)」

とか思っているに違いないだろう。

「モチのロン(・∀・)そう言うと思った((笑))」

といって、あたしはドヤ顔になる。一応言っておくが、これは宣伝ではない。なので、本の内容については省略させていただく。

かといって、メモを取ってすぐに結果や成果が出るといったことは無いし、何かがすぐに変わるわけではない。数日間、数週間では変わらないだろう。数日書いてみて

「あー飽きた…」

という方には、他の方法を書いておいた方が良い。数日書いていなくて、その数日後に再度

「やっぱり書こうか…」

という気になれば、それはそれで良いだろう。そのメモを取り始めた時点からスタートとなる。正直あたしとしては、”メモ魔”になるほど書かなくてもいいんじゃないかと個人的には思う。ただ、実際にメモ魔としてひたすらメモを取り続けている側としては、メモ魔であることによって、その中にある種のヒントが隠されているのであろうから、あたしはメモ魔を見習うべき必要性があるのかもしれない。

メモを取るといっても、一番困ることがある。率直にいってしまうと、メモを取る内容だ。あたしはメモを取り始めた当初、いったい何のメモを取ればいいのかわからないでいた。誰しもがメモを取り始める上で、悩みの種となっている原因だと思う。”多分”という仮定的で。

あたしの場合ではあるが、周囲の方が話している雑談的内容とそれについて本やネットで調べたこと・過去の振り返り・将来何をしているか(あくまでも仮定的で)・今現在のこと・購入品やお気に入りのアイテム、その他諸々。正直なところ、人に見られたら相当恥ずかしいと思うようなことまで書いているメモだ。見られてしまった場合、一巻の終わりといても過言ではないほど…の。キャラ崩壊しそうな勢いになり得る…くらいだ。それくらい色々なことが書かれてある。まぁ、ざっくりといってしまったが、そういったことをメモとして書き続けて残し続ければよい。

ただ、正確にいってしまうと…”メモを書き続けて残し続ければよい”という文章自体は間違っていないが、その文章をそのまま鵜呑みにしてはならない。あたしは最近になって本屋で本を立ち読みをし始めて、ビジネス書というジャンルに手を付け始めた文章力ほぼほぼないというコミュ障の人間の1人であるが、様々な本を読んでいると、気づくことがある。

ーーー殆どの本って、1回読んだだけでは理解できない(by 文章力がほぼほぼないあたし)

当然のことである。1回読んだだけでは意味が解らない、それが「本」という存在であるのだから。本によってはわかりやすく書いてあるけれども、ほんとうにあたしの探していることが書いていないことがある。それは、核心…と思われることかもしれないが、作者が敢えて書いていないのだろうかと推測をする。1回や2回読んだだけでは解らない。だけど、何度も読むことによってその意味の中にはその裏のコトバが隠されているのではないだろうか。

「本」という存在に脱線してしまったが、本題に戻るとする。つまり、”メモを書き続けて残し続ければよい”という文章自体は間違っていないが、その裏には別の答えが用意されているというわけだ。この文章の場合、”メモを書き続けて残し続ければよい”の続きには、

ーーーだけど、それだけじゃ足らないよ。メモを残し続けて、そのあとは…そのままだと思うのか?

そんなメッセージ的なコトバの微かな声が聞こえてきた気がした。確かに、あたしもそのコトバに同意する。誰がいっているのだろうかと頭をよぎったが…。

そこはおいておいて、メモを取るという行為をすることのみと思う方が多いかもしれないが、それは異なっている。メモを取る行為というのは、メモを取るという行為だけでない。メモを書き続け、そしてメモに書き残したメモを”振り返る”必要がある。メディアに露出している芸人さんがよくネタ帳を使っているという話を耳にしたことがあるが、それと同じようなことである。メモを取ることによって、物事が行き詰ったときなどにメモに書いてあったことが生かせるという場合があるというのだ。

あたし自身もメモを取っていたことにより、とある事柄に関してどのように対処すればいいのかアイディアが浮かばなくなってしまった時にメモを確認した結果、このアイディアが使えるかもしれないと思ったことがある。そういった経験から、メモを取ることの重要さを感じ、それ以来、極力取れる範囲内で取るように心掛けている。取るか取らないかはあなた次第であるが、あたしは取ることを勧める。

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如何だったでしょうか。今回、「メモを取ること」という小説を書かせていただきましたが、お読みくださりありがとうございました。感想とかありましたら、twitterのメッセージボックスとかもしくはこのブログのメッセージ欄にご記入していただけますと幸いです。もちろん、コメントは任意ですので、して頂いてもして頂かなくてもどちらでも構いません。

ではまた。

メル猫

 

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